学校安全と危機教育 第10回

心のケアをどう進めるか

その1
危機対応の体制づくりができたら、次の問題は、心のケアです。

これは先ほどもふれたとおり、このような危機に直面したときには、誰でも異常な精神状態に陥ってしまうと説明しました。

この異常な精神状態では、「もう、自分はだめだ。自分は死んでしまう。自分は命がない。」と思い、計り知れない恐怖心、不安感に襲われます。体が震えるどころではなく、全く身動きがとれない状況になるのです。

その後は、否認と逃避が起こります。

危機に直面した異常な事態では、「これは現実ではない夢ではないか」と思うようになります。

佐世保市の小学校の事件の被害児童の父親である御手洗さんは、娘さんを失ってからも、自分の娘が死んだというのが、自分が受け入れられない、信じられないようなことを繰り返し、言っていました。

このような事件の直後には、娘の死が受け入れられず、親はその死を否認します。

このコメントを読んだ池田小学校の事件で子どもを亡くした保護者の方が、全く私と同じ心境だと新聞で語っていました。

最愛の息子・娘を失った親は、しばらくの間は、子どもの死を現実として、受け入れられないのです。

医者から、定期健康診断でガンだと宣告されたとしましょう。

しかも、かなり進んでいて、後数ヵ月の命だと言われたとしたらどうでしょうか。

まず、このことを受け入れられないのではないでしょうか。

だから、数ヵ所の病院をまわってみてから、やっと、自分はガンなのだろうかと思うようになり、医者の言葉を受け入れざるを得なくなります。

公務員あるいは教師が、酔っぱらい運転の上に、ひき逃げ事故を起こしたという記事を新聞でたまに見ることがあります。

この行為について、異常な事態における正常な心理だという人もいます。

教師である自分が酒を飲んで事故を起こすことは、絶対にやってはいけないことです。

自分で容認できる自分ではないのです。

だから、「あれは、人じゃない。物にぶつかったのだ」とそう思い込むようにして逃げてしまうのです。

しかし、しばらくして、冷静になると、それは否定できない事実だと分かり、引き返さざるを得なくなるのです。

このように、現場から逃げてしまう心理は、専門家の言葉を借りると、このときの精神状態は「異常な事態の正常な心理」だと表現でき、弁護する人もいます。

人間というのは、異常な事態に陥ると、むしろ、異常な心理というのが当然起こってきます。

これほど、人間というのは、思いがけない生命を脅かされるような危機に会うと、そこを一時的に逃げるか否定するのです。

それが、否定できない現実だというふうに、向き合わざるを得なくなると、今度は、この原因に対する怒りと攻撃の心理状況になります。

それは、学校に対する怒りであったり、加害者に対する大変な怒りであったりして、心によみがえってくるのです。

その時には、「謝罪なんてとんでもない。許せない」というような怒りと攻撃心で一杯になります。

その2
しかし、その状態には、限度があります。

限度を超えた後に来るのが、自責と罪悪感です。

なぜ、大勢いる中で自分が、こんな目に遭わなければいけないのか。

大勢の子どもの中で、自分の子どもだけがなぜ犠牲になったのかと思うようになります。

以前には、「学校のせいだ」とかいろいろと言っていたのだけれど、結果的には、自分を責める心理状態になります。

その思いというのは、「私はこの子に本当にそれなりのことをやってあげられたんだろうか」「自分がこの子どもの悲劇を生んだのではないか」というように、自分を責めるのです。

あるいは、「神様の罰が当たったんではないか」と思う。

人間というのは過去を振り返ると、どこか、自分を責めるところがあるのです。

自分が悪いことをしたので罰が当たったのではないかと、自分を責める状況が心の中で起こってくるのです。

そうしたときに、自分に責任があるのではないかという自責感を持つようになります。

極端なことを言うと、自分が殺したのではないかとまで思ってしまうのです。

そうすると、結果的には、悲嘆と無力感に陥ってしまいます。全く仕事の意欲が湧いてこない、悲観的な気持ちのまま、落ち込んでしまうのです。

この状態がずっと続くと、立ち直れないほど大変な心理状態になってしまいます。

このような危機事態の心の危機は、我々の身近にいる信頼できる人、身近な家族、教師といった人たちが、心のケアをしてあげることが望まれます。

一生懸命、本人の自責感を聞いてあげてから、「あなたは、これまで一生懸命にこの子にやってあげたではないか。

このようなこともやってあげたでしょ。」という形で、一生懸命に、本人の罪悪感を癒してあげます。

あるいは、その怒りを受け止めてあげることもよいと思います。「あなたが、加害者を憎む気持ちはよく分かります。

とても憎いでしょう。私も、それを知っただけで怒りがこみ上げてくるのを、抑えるのが大変なくらいです。」という感じで、共感しながらその気持ちを受けとめてあげるとよいのです。

そうしてくれる人がいたら、危機的な心の状態は癒されます。

これが、癒されないままに、本人が自責感を抱えたままでいると、非常に悲観的な心理状態になってしまうのです。

阪神・淡路大震災後の被害の中で、老人の自殺が増えた背景には、家族を失い、独居になり、自分を癒してくれる人を失ったときに、ずっと落ち込んだ状態が続いた現実があったことが考えられます。生きるエネルギーを失ってしまうことが当然起こってきます。

ですから、危機的事態が避けがたい事実として起こったときには、私ども教育現場において必要なことは、2次被害を含めた被害をどのようにして最小限に食い止め、この危機の被害、特に心のケアの問題をどのように回復するかという視点で、十分な支援を行うことが大切です。

場合によっては、専門家の力を借りなくてはいけないことも起こります。
(上地安昭元兵庫県立教育研究所・心の教育総合センター所長)