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教育・子どもの25年史 第2回
牟田武生
今から25年前(1980年、昭和60年)にイラクイラン戦争が始まり(9月22日、88年に停戦)、ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議してモスクワオリンピックを日本、アメリカ、西ドイツなど、IOC加盟148カ国中67カ国が不参加。韓国で民主化を要求した市民と戒厳軍が衝突した光州事件が起きる。長嶋監督、王選手引退などが起きた。
子どもや若者が起こした事件に予備校生が就寝中の両親を金属バットで殴打し、殺害した一柳展也事件があった。この事件は父親(46歳)東京大学経済学部卒、大手ガラスメーカー支店長、母親(46歳)山口の名門酒造家の娘が次男展也(19歳)によって、金属バットで殴打殺害された事件だ。
11月28日の深夜、酔って帰宅した父親は、自分のキャシュカードを二浪している展也に盗まれたことを知り、応接間に呼んできつく叱った。父親の説教は終わり二階の自室に引き上げていく展也の態度を好ましく思わなかった父親は、真剣に受験勉強に取り組まない日頃の姿勢に立腹していた感情が酒の勢いと今回の事件と重なって爆発し、二階の展也の部屋のドアを開けた。その時、父親の目に入って光景は、ウィスキーをラッパ飲みしている展也だった。興奮した父親は椅子ごと押し倒して蹴り飛ばした。
そして、「このバカ野郎、一人前に大学にも入れないくせに、このざまは何だ。お前のような泥棒を家に置いておくわけにはいかない。お前は屑だ。家から出て行け!」と怒鳴った。
今まで、どんな時でも、ずっと展也をかばってくれた母親もこの時は冷たかった。
「あんたは本当にダメな子ね!」
その3時間後、事件は起きた。
兄は早大の付属高から同大理工学部に入り、自分も同じ付属高校を受験するが合格できなかった。しかし、都内にある進学校には合格したが学力的には下位に低迷した状態で卒業。私立一流大を受験するが全てに不合格、予備校に通うが学力的に伸びず、次第にその頃、言われ始めた無気力・無感動・無関心の三無主義になっていった。そして、予備校をサボるようになって行き、映画、パチンコ、喫茶店で時間を過ごすようになっていった。遊ぶお金が必要になり、父親のキャシュカードから1万円を引き出し、カードを戻すことを事件が発覚するまでにも3回ほどやっていた。この日も1万円引き出し、ウィスキーを買った。
裁判長の判決理由の中に「家を出て行け!」と、父親が言ったのは冗談ではなく、二浪中で情けない身分の自分に対して冷たい仕打ちであり、‥‥両親に対する憤懣や嫌悪があり、精神的に不安定な状態に酒の勢いで気持ちが抑えられなくなって殺害した」「被告人は本件にいたるまで、前科・前歴・非行歴はなく、当時、20歳になったばかりだった。性格が未熟で情動が刺激されやすいうえ、2浪中の不安定な心理状態でもあり、反省、悔悟しており、再生に期待している」とし、懲役13年だった。温情の入った判決だった。
この事件は加熱した受験戦争、偏差値教育を象徴する事件として、当時大きく各紙とも報道した。
『良い高校、良い大学、大きな会社、幸せな人生』という終身雇用・年功序列がある日本的神話がまだ健在の時代であった。そして、子どもや若者にはメインストリュームが明確な時代でもあった。それを象徴する事件が両親金属バット殺害事件だった。
'80年代は、'60年代から始まった高度経済成長期が終わり、緩やかだが、確実に発展する経済成長期を向かえ(しかし、後半はバブル経済の崩壊が始まる)国民総生産(GNPのちGDP)がアメリカ合衆国についで世界第二位になった。豊かになった日本では生活様式も大きく変化し、大家族から核家族へ、地域の商店街から大手のスーパーの時代へ、コンビニやファミレスが全国に普及し、個別化、個室化を求める生き方の時代に入っていった。他人と係わると必要以上にストレスを感じ、最小限度の人との係わりを求める人が多くなっていった。
団地(玄関ドアお見合い型)からマンション化(出入りが分からない配置)が進み、「隣は何をする人ぞ」から「互いに顔を合わせない配慮」に変わっていった。さらに、80年代後半になると、家族が食事を一緒に取れない(時間的制約から)・取らない、個食化も進み、やがて、同じ家に住みながらホテルのように暮らす(擬似単身生活)スタイルまでもが生み出されていった。
参考文献「金属バット殺人事件」読売新聞社、佐瀬稔著
2005.2.18
ご協力いただいている執筆者の略歴:牟田武生(むたたけお)
1947年生まれ。72年に民間の教育相談機関である教育研究所を設立し、不登校を含めた
教育問題の相談・援助活動に取り組んでいる。現在、
NPO法人教育研究所(横浜市港南区)理事長。91年に教師・カウンセラー・児童相談所の相
談員等不登校にかかわる専門家を対象にした研修機関として不登校問題研究会を設立。元NHKラジオ「子どもと教育電話相談」相談員、不登校問題研究会代表幹事、元文部省
「不登校の実態に関する調査」検討委員会委員。主な著書:『ひきこもり/ 不登校の処方箋 増補版』(オクムラ書店)、『すぐに解決!子どもの緊急事態Q&A』 ( オクムラ書店)、『ネット依存の恐怖』(教育出版)など。