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教育・子どもの25年史 第5回
いじめの影で不登校の増加が始まった80年代後半
牟田武生
いじめが教師の目に見えなくなったが、教育相談の臨床の場ではいじめがきっかけになった不登校が確実に増えていった。表立った暴力によるいじめから無視やしかとなどの精神的ないじめに変わっていった。
70年代後半から流行りだしたお笑いタレントによる、相方に対しての「けなし」「こき下ろし」が面白可笑しく放送されて高視聴率を稼いでいた。テレビの影響を受けて育っていった子ども達の世界でも大流行をしはじめた。
そんな中で70年代後半に芸能人のタモリが作った造語の「ねあか」「ねくら」と言う言葉が流行り、子ども達の普段使う言葉に定着した。その当時の子ども達の意識として「ねあかは、明るくみんなに好かれる子。ねくら暗くみんなに好かれない子」というイメージが一般化していた。
学校ではクラスのグループの中で、暗めで、おとなしく、まじめな子を焙り出し、あいつを「無視しろ・シカトをしろ」とリーダーが目や態度で合図を仲間に送る。みんな自分がつぎのいじめのターゲットになるのが怖いので、暗黙の了解でリーダーの指示に従う。
こんなことするのは嫌だなと、誰でもが初めは思う、しかし、みんなでやるとターゲットになった子が、みるみるうちに態度がオドオドして、普段は失敗しないことでも緊張のあまりヘマをしでかし、その姿が面白い。あとで仲間同士、そのことを話題にして、みんなで爆笑し、ストレスを発散する。楽しいし、気分が良くなるのでターゲットになった子に対しての無視やシカトが強化される。
ターゲットにされた子が担任に相談すると「先生が見る限り、クラスにはいじめはないわよ。あなたの思い過ごし、じゃあないの?例え、いじめが遭ったとしても、あなたの方にも原因が何かあるんじゃないの?」と言われる。
自分の味方が誰もいないと思った時から、いじめを受けている子は、暗いからねくらに変わる。ねくらになると、みんなに好かれない子が定着し、クラス全体から何となく毛嫌いされ、外され、クラスに居場所がなくなる。
その子はその後、判で押したように学校生活からくるストレスで朝起きれなくなり、他の身体症状も起き、情緒が不安定になって不登校に陥いるケースがその当時多かった。
2005.5.20
ご協力いただいている執筆者の略歴:牟田武生(むたたけお)
1947年生まれ。72年に民間の教育相談機関である教育研究所を設立し、不登校を含めた
教育問題の相談・援助活動に取り組んでいる。現在、
NPO法人教育研究所(横浜市港南区)理事長。91年に教師・カウンセラー・児童相談所の相
談員等不登校にかかわる専門家を対象にした研修機関として不登校問題研究会を設立。元NHKラジオ「子どもと教育電話相談」相談員、不登校問題研究会代表幹事、元文部省
「不登校の実態に関する調査」検討委員会委員。主な著書:『ひきこもり/ 不登校の処方箋 増補版』(オクムラ書店)、『すぐに解決!子どもの緊急事態Q&A』 ( オクムラ書店)、『ネット依存の恐怖』(教育出版)など。