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教育・子どもの25年史 第9回
牟田武生
90年代初め、バブル景気が続いていた。財政状態も良く、89年に竹下内閣によるふるさ と創生資金として、一億円を自治体にばら撒くほど景気が良かった。
当時、文部省内でも教職員組合対策を行う地方課で活躍した幹部行政官が、出世コース に乗る流れも、日教組の衰退から異変が起こり始めていた。教育現場が抱えている偏差 値教育の問題、いじめ、不登校などを担当する課が注目され始めていた。
あまり日に当 たらないポストだった初等中等教育局職業教育課長に、その旗頭である寺脇研氏が92年 に就任し、公立中学での業者テストと偏差値による進路指導を追放した。その後、彼は 広島県教育長・審議官を経て文化庁文化部長になった。
文部省内の検討委員会で不登校やいじめ問題など、本質的な問題解決に向けて、児童・ 生徒のこころの問題を取組む姿勢が現れ、92年の不登校の答申に盛り込まれた。(前回、 主要な部分を紹介)
その影響から指導より傾聴を中心にした受容が教育相談の主流になった。また、不登校 状態が継続しても進級・卒業が可能になった。そして、家庭と学校の中間施設という位 置付けで、全国に適応指導教室が設置された。
さらに、スクールカウンセラーや心の教 室相談員が配置され本格的な取り組みが開始された。
豊かな経済社会を背景に大人の社 会でも“癒し”と“自分探し”がキーワードになり、こころの時代へシフトが切られた。
偏差値教育から自己実現をめざした総合的な学習がはじまり、週5日制が学校教育に定着 した。
豊かな経済力に支えられゆとりある成熟社会を市民は享受し始めた。そして、こ ころの問題が叫ばれて拡がりを見せ始めた。
しかし、不幸ないじめによる自殺事件が愛 知県で起きた大河内清輝君事件(94)、山形県新庄市の中学校の体育館で起こったマッ ト死事件(93)、栃木県黒磯市で起きた女教師刺死事件(98)など、青少年が引き起こ した凶悪事件が相次いで起こり始めた。そして、神戸市の酒鬼薔薇事件(99)、豊川市 で起きた高校生による老女殺害事件(00)、西鉄バスジャック事件(00)、佐世保市で起 きた駿ちゃん事件(03)、翌年に起きた小学6年生によるカッターナイフ殺害事件(04) と続いていく。
青少年による凶悪事件の共通することは、事件を起すまで、逮捕・補導暦のない少年に よるいきなり型の犯罪だった。
動機もお金や物を取るためや恨み、妬みなどより「人を 殺してみたかった」豊川事件。ちょっとしたことでキレて殺人事件を起した黒磯事件。 少年の見えない心の闇から起こった酒鬼薔薇事件やカッターナイフ事件。不登校やいじ めが背景にあり、ネットの掲示板が引き金になり、自己存在を証明するかのようなバス ジャック事件。
青少年のこころの闇から起るこれまでの犯罪心理学では考えられない青少年による凶悪 犯罪事件の一方、携帯電話やインターネットの普及による援助交際などの売春事件や不 可解な練炭による集団心中など、次々に起っていく。
こころの問題が叫ばれる時代であるが、青少年のこころの闇は拡がるばかりだ。
バブル 経済崩壊後の出口の見えない不況を反映し、大人社会でも自殺者は毎年3000人を越えて いる。青少年のこころの闇を知る上でも、90年代から今日までの青少年が引き起こした 凶悪事件や問題行動を一つ一つ検証しながら、現代の子ども達が共通に抱えるこころの 闇を不登校やいじめの問題を交えながら同時に考えていく。 (つづく)
参考資料: 文部科学省生徒指導関係略年表(文科省ホームページより)
2005.9.16
ご協力いただいている執筆者の略歴:牟田武生(むたたけお)
1947年生まれ。72年に民間の教育相談機関である教育研究所を設立し、不登校を含めた
教育問題の相談・援助活動に取り組んでいる。現在、
NPO法人教育研究所(横浜市港南区)理事長。91年に教師・カウンセラー・児童相談所の相
談員等不登校にかかわる専門家を対象にした研修機関として不登校問題研究会を設立。元NHKラジオ「子どもと教育電話相談」相談員、不登校問題研究会代表幹事、元文部省
「不登校の実態に関する調査」検討委員会委員。主な著書:『ひきこもり/ 不登校の処方箋 増補版』(オクムラ書店)、『すぐに解決!子どもの緊急事態Q&A』 ( オクムラ書店)、『ネット依存の恐怖』(教育出版)など。