TOP > 教育・子どもの25年史 第10回
教育・子どもの25年史 第10回
牟田武生
90年代から今日までの青少年が引き起こした凶悪事件や問題行動を一つ一つ検証する 作業に入っていくが、その前提となる社会環境について押さえておく必要がある。
日本犯罪社会学会の会長で我が国を代表する社会学者の大阪樟蔭女子大学教授の森田洋司 は、
『日本は欧米の国々と比較し凶悪犯罪は少ない理由の一つとして不祥事を起した企業
や団体の代表者が謝罪会見時に「世間にご迷惑をお掛けして大変申し訳ございません」と
謝辞の言葉を必ず述べる。これは普通の家庭でも同じで「家族に迷惑を掛け申し訳ない」
と言うことが多い。
日本人は世間や家族を気にする身内社会であり、同族意識に内包されて生活している。こ
の同族意識が自らや身内を守る緩やかな規範意識になって、犯罪の抑制につながっている。
その点、欧米社会はcollectivismやメンバー間のもたれ合いにも近いような相互依存の強
い日本社会とは異なり、個人主義的な色彩が強く自己責任を重んじる社会であり、社会の
中の階層格差も日本より広がっているため、社会構造からドロップアウトした、虐げられ
た人々が犯罪者の温床になっている。
しかし、最近、社会環境の大きな変化によって、日本でも世間や身内意識が薄れてきた。
家庭で充分な愛情を受けず、学校や地域社会でも疎外感を感じた青少年が凶悪犯罪を起す
事件が多くなり始めている。
日本で世間や家族を気にする身内社会や同族意識が崩壊する現象が起きると、倫理規範が
崩れ大変な事態になりかねない』
と危惧する。
バブル崩壊後の長引く不況とリストラ、勝ち組・負け組み意識の固定化、地域社会の共同 意識の崩壊による地域の子育て力の低下など、日本にあった同族意識による緩やかな倫理 観は次第に影が薄くなっていった。
さらに、国会議員が利権をめぐって、あるいは議員と しての立場を使って、反社会的な犯罪を起して、議席を追われても、選挙で再び勝てば身 内社会の同族意識では「みそぎは済んだ」「水に流した」として、その座に返り咲くこと が多い。
しかし、青少年の倫理観を育てる意味では問題が非常に多い。歴史的にみれば、田中角栄 逮捕(1976)以降、政治家不信は大人不信にもなって広がっていった。それは、今回の衆 議院議員選挙でも、まだ続いている。
それらは意識構造的に、大人不信は大人になるための精神的なモデル像の喪失を招く。
大人になることを無意識に拒絶する無気力なモラトリアムの青少年を同時に生み出していく。
日本人は世間や家族を気にする身内社会であり、それらは良い意味では、仲間内の緩やか な倫理規制を作り犯罪を抑制していくと、同時に、同族や身内に甘い社会を作り出す悪し き両面性を持っている。
日本人独特の身内社会による「規範意識の崩壊」を視点にして、この問題を検証していきた い。
(続く)
2005.10.21
ご協力いただいている執筆者の略歴:牟田武生(むたたけお)
1947年生まれ。72年に民間の教育相談機関である教育研究所を設立し、不登校を含めた
教育問題の相談・援助活動に取り組んでいる。現在、
NPO法人教育研究所(横浜市港南区)理事長。91年に教師・カウンセラー・児童相談所の相
談員等不登校にかかわる専門家を対象にした研修機関として不登校問題研究会を設立。元NHKラジオ「子どもと教育電話相談」相談員、不登校問題研究会代表幹事、元文部省
「不登校の実態に関する調査」検討委員会委員。主な著書:『ひきこもり/ 不登校の処方箋 増補版』(オクムラ書店)、『すぐに解決!子どもの緊急事態Q&A』 ( オクムラ書店)、『ネット依存の恐怖』(教育出版)など。